TOKYO 2021 美術展「un/real engineーー慰霊のエンジニアリング」 (2019)
「un/real engine ―― 慰霊のエンジニアリング」について|黒瀬陽平 本展は、来るべき2つの「祝祭」(2020年の東京オリンピックと2025年の大阪万博)に向けて企画された現代美術展である。
戦後日本は、ほぼ一定の間隔で大規模な祝祭を繰り返してきた。現に今度の2つの祝祭は、1964年の東京オリンピックと1970年の大阪万博をきれいに反復しているように見えるだろう。
しかしよく見れば、繰り返される祝祭と祝祭のあいだには必ず、大規模な「災害」が起こっている。1964年と1970年の祝祭の前には、世界大戦と原爆投下が、2020年と2025年の前には、2011年の東日本大震災がある。
つまり、この国の祝祭はいつも、災害に先行されている。災害が繰り返すからこそ、祝祭もまた繰り返されるのである。この認識を抜きに、祝祭について考えることはできない。
このような繰り返しを、災害大国であるこの国に宿命付けられた「忘却と反復」であり「もうひとつの永劫回帰」なのだとする歴史観もある(「悪い場所」)。しかし、今まさに眼前で繰り広げられようとしている忘却と反復のなかで、「宿命」に抗い、反復の外へ出るための術を模索することこそ、芸術の「使命」であるはずだ。
本展では、反復される災害と祝祭のなかで、新たな想像力や表現を生み出す芸術の営みを、「慰霊のエンジニアリング(engineering of mourning)」と名付け、その系譜をたどってゆく。
なぜ「慰霊」なのか。災害の後には復興がある。しかし、失われたものや死者たちを弔うことなしに、復興への道は開けない。慰霊の問題は、宿命的に繰り返される災害から立ち直り、前へ進もうとする私たちの社会全体にとって、避けることのできないものだ。
なぜ「エンジニアリング」なのか。「文明災」(梅原猛)という言葉があるように、災害もまた文明とともに「進化」する。だとすれば、それに対応する学や技術も、エンジニアリングとして更新されてきたはずである。
災害と祝祭は宿命的に繰り返すかもしれないが、それを乗り越えようとする人々の想像力や表現、技術は、決して同じ繰り返しではない。それは孤独な「喪の作業(mourning work)」ではなく、その時代のあらゆる文化、科学と関係しながら更新されてゆく、慰霊のエンジニアリングなのである。
言うまでもなく、来る2020年と2025年の祝祭に先行しているのは、東日本大震災である。したがってこの2つの祝祭は、東日本大震災以後、明らかになった課題や、未だ解決に至っていない負債に対する、慰霊のエンジニアリングと深く関係するべきだろう。その意味で、復興事業や都市計画を担う建設会社が主催する「TOKYO2021」内において、慰霊のエンジニアリングを問う現代美術展が開催されることの意味は、きわめて大きいと言える。
本展は、高度経済成長が終わり、消費社会、情報化社会へと向かってゆく1970年代を起点としている。70年代は、物理的なインフラ整備に邁進していた「近代土木(civil engineering)」が、「環境」というトータル・システム設計についてのエンジニアリングへと移行しはじめ、現代美術ではビデオ・アートやコンピュータ・アートなど、のちに「メディア・アート」と呼ばれるようになる、最新のテクノロジーを用いた美術動向が台頭する時代である。
従来の現代美術史は、70年代以降の様々なアーティストたちが取り組んでいた、慰霊のエンジニアリングの系譜にほとんど目を向けてこなかった。本展は、そのような歴史観をくつがえし、時代と並走しながら活動してきた慰霊のエンジニアとしてのアーティストたちに焦点を当てる。
彼ら彼女らは、手持ちのツールを駆使しながら自分たちを取り巻く環境をスキャンし、シミュレーションし、再構築しようと試みてきた。そのシミュレーションは、消費社会における「記号消費」にのみ関わっていたのではなく、慰霊の領域にまで足を踏み入れていた。つまり、現代美術を一種の「シミュレーター」として機能させながら、様々な災害記憶をヴァーチャル化し、作り変え、投企してきたのである。
本展のタイトルは、世界で最もよく知られたゲームエンジンである「Unreal Engine」から取られている。 Unreal EngineやUnityのように誰でも安価で、あるいは無償で利用できる汎用ゲームエンジンによって、ゲーム制作は急速に「民主化」されつつある。汎用ゲームエンジンは、ゲームクリエイターだけでなく、映像作家やアニメ作家、メディア・アーティストたちにとっても、身近な制作ツールのひとつとなっているのである。
現在、多くのクリエイターたちが、ゲームというシミュレーターを使いこなし、シミュレーションされた「アンリアル」な世界のなかで様々な実験的表現を試みている。もともとは軍事技術の流用、転用によって生み出されたコンピュータ・ゲームは、今や自らその起源すらもシミュレートし、自己言及することや批判することがあり得るのだ。
Unreal Engineという言葉を借りたのは、現代美術を独自のアンリアルなエンジンとして、現実のシミュレーターとして捉え、そこで更新されてきた慰霊のエンジニアリングの系譜を探ろうとする本展の視点を明確にするためである。
シミュレーターとしての日本現代美術を、慰霊のエンジニアリングの系譜に位置づける本展の試みが、来るべき2つの祝祭をめぐる狂騒に一石を投じ、未来を創造する想像力の礎になることを願っている。
※本展のコンセプトは、第15回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展日本館コミッショナー指名コンペティションの応募企画書として、2015年に提出された「怨霊の国を可視化する」(コミッショナー:東浩紀。本展キュレーターの黒瀬陽平は「カオス*ラウンジ」名義で参加)に大きな示唆を受けている。
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会期:9月14日(土)〜10月20日(日) 11:00-20:00
会場:〒104‐8388 東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 1F
タイトル: 「un/real engineーー慰霊のエンジニアリング」
キュレーション: 黒瀬陽平
会場構成:西澤徹夫
参加作家:会田誠、飴屋法水、磯村暖、宇川直宏、梅沢和木、梅田裕、大山顕、カオス*ラウンジ、カタルシスの岸辺、キュンチョメ、今野勉、たかくらかずき、高山明、竹内公太、寺山修司、中島晴矢、中谷芙二子、名もなき実昌、八谷和彦、檜皮一彦、藤元明、三上晴子、宮下サトシ、山内祥太、弓指寛治、渡邉英徳、Houxo Que、MES、SIDE CORE
展覧会運営協力:ayanoanzai、石川貴大、伊藤由貴、古賀茜、cottolink、齋藤実咲、関優花、髙木早希、藤井陸
協賛:AMP(Ambient Media Player)、大光電機株式会社、株式会社高島屋、株式会社エー・ティ・エー、Peatix
協力:株式会社コトブキ、コトブキシーティング株式会社